でも、ただひとつ違っていたのは、彼はAndroidクラスタだったのです。
いつもの平日。
駅までの距離から逆算すると、そろそろ終電に向けて会社を出なさいと、時計が教えてくれる時間。
これを逃すとタクシーで帰ることになるが、給料日前に危険な話だ。
「あなたが最終退出者です。お疲れ様でした」
機械の声と鍵の閉まる音に押し出されるように、会社を出た。
駅までは住宅地を抜けて、徒歩10分だ。
その程度の距離だからこそ耐えられるカバンの重さではある。
慌てて出てきたが、会社に忘れ物はないだろうか。
・GalaxyS
・NexusS
・ガラケー(SIMあり)
・エネループ モバイルブースター
・ガラケーのバッテリー ×2
・GalaxySのバッテリー
・NexusSのバッテリー
・iPad
・モバイルWi-Fiルータ
よし。問題ないな。
そんなことを考えながら住宅地の交差点を渡る。
どんっ。
衝撃と共に、次の瞬間、視界は中途半端に綺麗な星空でいっぱいだった。
なにが起こった。
身体を起こそうにも、右半分が全く動かない。ANRだ。レポートを送信したい。
「大丈夫か!?いま救急車を呼ぶからな!」
知らない顔だ。
「どうした」「何の音だ」
知らない顔が増えた。
相変わらず右半分は動かないが、身体を起こす努力をした。
「動くな!頭を動かすんじゃない!」
パジャマの知らない顔の人が怒鳴る。
そうは言っても、アスファルトの上にスーツで寝ているのは、決して快適ではない。
「これを、頭の下に敷くんだ」
ずず、ずずずずずー。遠くから何かを引っ張ってきてくれて、頭の下に置いてくれた。即席の枕だ。
重いカバンだった。
いや、頭は快適になったけど、その中にはiPadが!なにさっきのずずずずーって!そしていま頭の重みがiPadに!
某サイトの「今週のクラッシュ」がフラッシュバックした。
そういえば携帯電話はどこに行った。ガラケーを手に持っていたはずだが。
「あ、あの・・・」
「どうした!?どこか痛いか!?」
「いや、まあ、痛いんですけど・・・どこかにケータイ落ちてません?」
「ケータイ?」
暗闇の中、数名が何かを探す気配。
「あったぞ、にーちゃん。これ、カバンに入れとくからな!」
ぐらぐらぐらぐら。枕が揺れる。
「ありがとうございま・・・これ、フリスクみたいですけど」
「え?何が?!」
「いや、あの、これ、ケータイじゃなくてフリス」
「ありましたよ。そっちに落ちてました」
「ああ、ありがとうございます。えーっと、NexusSか。あの、他にも落ちてませんでした?」
「他にも?何が?」
「ケータイが」
「は?」
「こっちにもありましたよー」
「ああ、ありがとうございます。えーっと、GalaxySか。あに、他にも落ちてませんでした?」
「はあ?!」
「にーちゃん、あっちに白いのがあったんだが」
「ああ、これこれ。ありがとうございます」
なぜか何とも言えない空気が流れる事故現場に救急車とパトカーが到着し、現場は制圧された。
救急車が近くの整形外科に運び込んでくれ、起動したレントゲン室に車椅子で運び込まれ、白衣を着ながら医師が出てきた辺りで、ことの重大性に気付き始める。
もう終電ない。これは歩けない。お金あったっけ。ああ、救急車が帰って行く。
本格的な治療は明日からということで、応急手当が終わり、看護師から声をかけられる。
「あの、治療費は自賠責での支払いになるはずですが、一時金として5000円必要なんです。・・・大丈夫ですか」
救急車に乗ったとき計った血圧が無駄になるくらい血の気が引いた。
そうなのか。動く左手で財布を出す。7000円あった。笑顔で支払う。
「それでは、一時的のお預かりします。ところで、タクシーをお呼びしましょうか。帰れませんよね」
俺の血液型を申告した方がいいのだろうか。輸血の必要があるのではないか。というぐらい血の気が引いた。
ここはどこなのだ。家までどらぐらいのなのか。いや、家までいくらなのだ。
結論を申し上げると、無事にタクシーの運転手に「この金で行けるところまで行ってくれ」と伝え、帰宅に成功する。
そして階段の前で絶望することになる。
上がれない。
家に電話して降りてきて貰おう。もう日付が変わってしばらく経つが、まだ起きているだろう。
電話?
そういえば、拾ってくれたガラケーは無事なのか。SIMが入っているのはガラケーだけだぞ。
無事だった。
ただ、電池と電池蓋がない事を除けば。
どうやら衝撃で分解したようだ。
こんなこともあろうかと、カバンの中には予備のバッテリーがある。これを装着して電話をし、事なきを得た。
翌朝。
運転手さんからケータイに電話があった。
「昨日は本当に申し訳ないことをした。これからお詫びに伺いたい」
ほどなくチャイムがなり、匍匐前進で玄関に向かい、再会した彼は、不思議そうな顔をしていた。
「実は、私の車のワイパーに、ケータイの電池と電池カバーが挟まっていたのです。それなのにどうして電話が通じるのですか」
Androidクラスタに告げる。事故にだけは気をつけろ。話が、話が複雑になるからな。
後日談。
先方の任意保険の会社から連絡があり、事故で損害があれば保証するということだった。
損傷の大きかったNexusSが頭をよぎる。
「それは壊れたケータイもですか?」
「はい。修理代を負担させて頂きます」
「それは助かります」
「ちなみに、どちらのケータイですか?」
「えっ」
「ドコモとかソフトバンクとかauとか」
「あ、あの、その」
「そちらの窓口に修理を依頼して頂くことになりますが」
「そ、その、あの」
あなたのケータイ。快適マーク付いてますか。
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