だが、予測される事態には準備をしてある。
これ以上の仕様の変更はさせない。
プロトタイプというにはあまりに完成品に近い動作バージョンがあるのだ。
お客様に納得して頂き、次回の納品打ち合わせへの道筋を付ける。
今日はそのための打ち合わせだ。
発注側と開発側は仕様の変更に対してよく衝突するものだ。
発注する側はせっかくなのだから少しでも良い製品を作って欲しいと思っているし、開発する側は必要以上に時間と金をかけるわけにはいかないと思っている。
いつだって正義に対峙するのは、別の正義だ。
ソフトウエアにおける仕様の変更は、たいていの場合ソフトウエアやハードウエアの変更を伴う。
「この仕様を変えることは、どれ程のリスクがあるのか」は設計と開発を担う者にしか分からない。
「チェックボックスの初期状態はチェック状態に変更して」と「ラジオボタンじゃなくてチェックボックスにして」の、どちらが大変な作業を伴うかをユーザーが理解しているとは限らない。
決して悪意を持って仕様を変えているわけではないのだ。たぶん。
開発側からは、先輩と私の2人で臨んだ打ち合わせも、いよいよ佳境に入ってきた。
そろそろ「納品」の言葉を出すタイミングかと探っていた矢先、お客様からまさかのお言葉が飛び出した。
「前から思ってるんですが、このままだと使いにくいので、全てマウスで操作できるようにしてください」
呆然とする私。
思わず天井を見上げる先輩。
文字や数字を入力する画面もある今回のシステムで全ての操作をマウスで?
操作性を考慮したら全画面作り直しだし、キー操作をトリガーとしている場面もあるぞ?
無理だ。いまからじゃ絶対に無理だ。っていうかマウスの方が操作しづらいぞ。
お客様の顔を立てつつ、どうやって納得して頂けばいいんだ。
部屋を埋め尽くす重たい沈黙。
言葉を探す私の横で先輩は口を開いた。
「それは・・・現在の我々のテクノロジーでは不可能です」
私が心の中で拍手喝采を送ったことは言うまでもない。
なんだその聞いた事ないような言い訳!
あんたカッコイイよ!
ナショナルジオグラフィックみたいだよ!
いやもうディスカバリーチャンネルだよ!
強烈な印象に残る台詞だったので、今でもたまに思い出す。
あのあとお客様に仕様変更を押し切られなかったら、もっとかっこよかったのに、と。
数日間泊まり込みで改修を行い、ふらふらになりながらお客様にお見せしたときの「あ、やっぱり要らないですね」は、もっと強烈だった、と。
※お客様からの仕様変更の内容のみフィクションです。
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