2013年9月2日月曜日

ぱぱぱぱーん!

先日、友人の結婚式と披露宴に参加して感じたこと。

写真を撮影しようとすると、拍手が出来ない。

写真を撮りたいタイミングと、拍手がしたいタイミングは、同時の場合が多い。
新郎新婦入場は、指輪交換、誓いの言葉、ぶちゅー。

デジカメやスマートフォンを構えたら拍手できなくて口惜しい。
このジレンマを解決する方法を3つ考えた。

1・手ぶれ防止機能に期待し、拍手しながら撮影する。

説明書に追記される日も近いぞ。「手ぶれ防止機能は、手ぶれを防する機能です」

2・メガネ型デバイスなどの、手を塞がない機器により撮影する。

拍手の音に負けずに叫べ「Ok, glass.Take a picture !」


3・スマートフォンのシャッターの音を、拍手の音にする。

こんなこともあろうかと、連射機能を搭載してある。

どれもイマイチだな。
やはり新郎新婦には、拍手回と、撮影回の2度ずつやって頂くしかない。
ぶちゅー。

2013年8月8日木曜日

言い訳。

「0を1にすることは出来ないけど、1を100にすることは得意です」
という人はよく見かけるが、そもそも「0を1にするのが得意」と言い張る人を見かけない。
しかし、世の中には、新しいイノベーションがあふれている。
つまり「そもそもイノベーションを起こすタイプの人は、0か1などは関係なく、100と設定したならその目標に向かって行動している」ということではないか。
自分で壁を作って言い訳するのはやめて、変えられるところから変えて行こう。

2013年8月6日火曜日

行動力のない私には、行動力のある者が、時にうらやましく、時に尊敬に値し、時に妬ましい。だが。

従業員が冷蔵庫に横たわって写真を撮りSNSにアップして炎上、本人を始め関係者に社会的制裁。
まあ、そうなるだろう。
なぜ、その人は一線を超えていることに気が付かなかったのか。俺も疑問に思う。

だが。
気になることがある。

一線とは、何だ。

私には、飲食店の冷蔵庫に土足であがるのが一線を超えているのは、理屈ではなく理解できる。
そう。
理屈ではないのだ。
一線など存在せず、勝手に判断しているだけだ。

では、赤信号の横断歩道を渡るのは、どうだ。
見渡す限り、どこからも車など来ていない。そんな赤信号でもなのか。
であ、点滅している青信号を小走りに渡るのは、一線のどちらにある。
電車の駆け込み乗車は。
そこを写真撮影されれば、社会的に制裁されるだろうか。されるべきなんだろうか。

社会に慣れてない者が、結果を想像せずに行動を起こし叩かれる。
同様に、叩き慣れていない者が、皆が叩いているからという理由で結果を想像せずに叩く。

なぜそれが罪で、どういう罰を与えるべきか。
情報は知った時から責任が生じ、発信する際には更なる責任が生じる。

罪は罪であり、してはならないことはしてはならないことだ。
無責任な情報の発信もまた、してはならないことだ。

自分が行動し、自分で責任を持て。そのために、自分の考えを持て。